「滋賀は心が休まる場所なんです」。
2022年の世界水泳選手権では日本ソロ史上初の複数種目での金メダルに輝いた乾友紀子さん。
滋賀県近江八幡市出身で、学生時代には片道2時間かけて大阪まで練習に通い、20年以上もの長い時間、アーティスティックスイミングに打ち込み続けてきました。
代表合宿中は1日8時間以上泳ぐこともあるという、ストイックな日々を過ごす乾さんにとって滋賀は一番心が休まる場所。
「しがスポーツ大使」委嘱式で帰県した乾さんに、ふるさと・滋賀への想いを聞いてみました。
テレビで見た華やかな世界に憧れて
「陸よりも水に入っているほうがラク」と笑う乾友紀子さん。アーティスティックスイミング日本代表のキャプテンも務め、長年に渡り第一線で活躍してきました。
初めて水に入ったのは、2才の頃、母親に連れられて入った水泳教室でした。「そのときから水が好きだった」と話すあたりからも、天性のマーメイドと言えるかもしれません。
はじめてテレビでアーティスティックスイミングを見たのは幼稚園の頃。「私もやってみたい!」と強く思ったことを、今でも覚えていると話します。
「近くでできるところを探したら、皇子山(大津市)と彦根のプール。それで、小学1年生から習い始めました。でも、いきなり足をあげたり、美しい技ができるわけじゃないし、泳ぎをマスターすることが基本で。映像で見るよりすごくしんどかったです」。
それでも続けられたのは、「水が好き」というシンプルな想いがあったから。4年生になると全国大会にも出場するようになり、めきめきと頭角を表します。
6年生のときに日本代表の井村雅代代表理事が運営するクラブに移籍し、それからは青春をすべてアーティスティックスイミングに注ぎ込みました。
中学から大学までは、学校が終わるとすぐ、片道2時間をかけて大阪まで練習に通う日々。
代表入りしてからはとくに滋賀で過ごす時間も少なくなりましたが、わずかな時間でも戻ってくると気持ちが落ち着くそう。
「滋賀は一番心が休まる場所。普段は、大阪や東京にいることが多く、滋賀に帰ってくるのはほとんど夜遅くですが、その分、町の静けさや、星空の美しさが沁みて。家の前で空を見上げてると、すごくリラックスできるんです」。
悲願の金メダルは日本史上初の快挙!
厳しい練習を乗り越え、乾さんの活躍は目覚ましいものとなります。
2009年に代表入りして以来、エースとして日本代表を牽引し、ロンドン、リオ、東京と3大会連続でオリンピックに出場しました。リオオリンピックではデュエットとチームでともに銅メダルも獲得。
<2022年 世界選手権後のエキシビジョン>
東京オリンピックではメダルへ一歩届かず、悔し涙を飲みましたが、気持ちを切り替え、井村コーチとタッグを組んで臨んだ2022年の世界水泳選手権。オリンピック種目にはない「ソロ」でフリールーティン、テクニカルルーティンと日本選手として初の複数種目での金メダルに輝きました。
「試合前、井村コーチには金しか考えられへんと言われてたのですが、自分ではそこまで自信があったわけではなくて」と話す乾さん。
数々の世界大会に出場した経験から、メダルを獲ることの難しさもひしひしと感じていたからこそ簡単に口にだせなかったのだと言います。
「でも、表彰台に立ったときは嬉しさとともに、みんなの期待に応えられたことにほっとしました」。
<2022年 世界選手権 試合後>
アーティスティックスイミング界の名将、井村コーチと二人三脚で歩んできた競技人生。結果が思うようにだせず、悩んだこともありましたが、いまでは井村コーチも一流と認めるまでの選手に成長しました。
「体力的なしんどさでやめたいと思うことはなかったですが、次の目標がみつからなくて悩むことはありました。でも、性格がおおらかなので、寝たら忘れるというか(笑)。とりあえず一旦やってみてから考えようとなって、やってるうちに次の目標が見つかって。また、これが終わったら考えようといった具合で、ここまで続けてこられた気がします」。
<2022年 日本選手権の演技後>
乾さんの持ち味は、1m70cmの長身と、その長い手足を生かしたしなやかでダイナミックな演技。その源は滋賀のお米にありました。
「世界の舞台では私も小さいほうなんです。アーティスティックスイミングはずっと泳ぎ続けるのでとにかく体力勝負。ご飯はけっこう食べますね。私の好きな食べ物はお米。滋賀県のお米って、炊飯器の蓋をあけたときから香りが違うんです。本当に美味しくて、大好きです」。
50人目のしがスポーツ大使に就任
今後は、滋賀でも活躍の幅を広げていきたいと、ちょうど50人目となる「しがスポーツ大使」に就任されました。
「私自身もそうですが、滋賀出身の方がいい成績を残されると、自分も誇らしくなったり、嬉しくなったりするじゃないですか。逆に考えると、自分が活躍することで滋賀に恩返しできるのかなと思って。まずは競技でいい成績を残して、みなさんに喜んでもらえるニュースを届けたいと思っています」。
直近の目標は、2023年に福岡で開催される世界水泳選手権。日本開催の大舞台で、二連覇をかけた演技に挑みます。
滋賀で見つめる未来
アスリートとして培った経験をもとに、滋賀に恩返しがしたいと話す乾さん。その活動を大きく後押ししそうな新しい施設が2024年春に草津市に誕生します。それは、25mプールと、50mプール、飛び込みプールがある県内最大の屋内プールで、2025年に滋賀県で開催される国スポ・障スポの会場にも予定されている施設です。
なかでも乾さんの興味を引いたのが50mプール。最大水深3mで4分割ができ、それぞれに水深の設定ができるという最先端の設備が備えられています。
「通年利用できる水深3mのプールって大阪にもほとんどなくて。この規模のプールが滋賀にできるのはすごいことだと思います。私が滋賀で練習していたときは、プールも浅かったし、週1回しか練習にも通えなかったけど、このプールができるとその問題も解消されそうですね。これをきっかけに滋賀でもアーティスティックスイミングをやりたい子が増えると嬉しいです」と目を輝かせていました。
「私は井村コーチの元でトップレベルの選手の姿を見て、世界で戦うことを身近に感じることができました。今度は私が次の世代に夢や希望を与える側になりたいと思います。うまくいかないことがあっても、それですべてが終わるわけじゃないし、必ず次の何かにつながっているので、どんなことも諦めずに少しずつ進めば道は開けます」。
まっすぐ前をみつめ、終始笑顔でインタビューに答えてくれた乾さん。その姿からは清々しい強さを感じました。
乾さんが出場する予定の「世界水泳選手権2023福岡大会」は7月14日(金)から開催されます。世界選手権二連覇という、前人未到の大きな目標をかけて戦う乾さんに、ふるさと・滋賀から熱い声援を送りましょう!
(文・福本明子/撮影・辻村耕司)
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